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東京ディズニーシー01

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東京ディズニーシーが今年開園から20周年を迎えます。

開園から20年も経つのに、まったく飽きられないどころか、いうまでもなく莫大な規模の利益を生み出し続けています。

オリエンタルランドのホームページによれば、東京ディズニーリゾートの市場規模は2018年度時点で8,500億円を上回り、国内市場シェアは約5割を占めています。

また、Themed Entertainment Associationなどの2019年度のレポートによれば、テーマパーク入園者数で東京ディズニーランド(1,791万人)およびディズニーシー(1,465万人)はそれぞれ世界で3位と4位を占めています。なお、1位はディズニーワールドのマジックキングダム(米フロリダ・2,096万人)で、2位はディズニーランドパーク(米カリフォルニア・1,867万人)です。いずれもディズニー関係が4位までを独占しています。

何がいいたいかというと、ディズニーはとにかくすごいということです。

同レポートによれば、世界5位はユニバーサルスタジオジャパン(1,450万人)です。

こういうテーマパークに共通しているのは、メディアを介して形成された虚構的なイメージとしての世界をあたかも実際に経験できるかのようなところではないかと思います。

つまり、ディズニーのテーマパークにもユニバーサルスタジオジャパンにも入園者のイメージ裏切らない虚構の世界が作られていることが共通していて、そういう虚構世界の再現性が高いテーマパークほど人を集めているように思えます。

とりわけディズニーのパークは、そういった虚構の世界を作りだすための取組みが徹底されているのはたぶん結構知られています。

能登路雅子の『ディズニーランドという聖地』という本に詳しいのですが、たとえばディズニーのパークではスカイラインが外部の景観を隠すように作られています

スカイラインというのは建物とか山岳の稜線が描く輪郭線のことで、つまりパーク内の建物や構造物はパークの外の日常的な景観を隠すように作られています。

こういう視点でみるとディズニーシーの世界は一層面白く見えてくるのですが、その世界ってどうやって作られてるのでしょうか?

今週、20周年を迎えるディズニーシーに行ってきましたので、その世界の作られかたを探ってきました。

ディズニーランドの作られ方

結論を先どっていうと、おそらくディズニーの世界を作っているのは「雰囲気」です

スカイラインが外の景観を隠すのも、エリアごとに流れてくる音楽も、時折漂ってくるチュロスの甘い匂いも、キャストが水たまりの水で地面にミッキーを描くのも、そしてもちろん至る所にある植栽も、すべてが異世界的な雰囲気を醸し出しています

それが徹底しています。

なんでそんなに徹底しているのでしょう?

たぶんそれは、大元の米国のディズニーランドの計画論が引き継がれているからだろうと思われます。そもそも、その創立者であるウォルト・ディズニーは理想都市を作るための思想を持っていました。

理想都市の思想というのは「実験的未来都市」といわれ、英語表記"Experimental Prototype Community of Tomorrow"の頭文字をとってEPCOT(エプコット)と呼ばれました。

今のフロリダのディズニーワールドにエプコットというパークがありますが、もともとディズニーワールドの全体がエプコットとして計画されていて、ディズニーはそこに独立した共同体を構想していたんだそうです。

そのディズニーの構想がひとつの虚構世界としてのパークに落ち着くというのは、やや皮肉な話にもきこえます。

ところで、ディズニーは晩年そういった都市を計画すること、あるいはその独立した世界の構築に尽力していたのですが、そんなディズニーがパークの整備において重視していたのが日常的な世界からの切断でした。

そして、そのために具体的に導入されたのが、外の景観を隠すスカイラインや、日常世界から異世界へと移動するためのトンネル状のゲート異世界性を象徴するためのランドマーク、またそのランドマークの配置された開けた中心からそれぞれのエリアへと回遊するためのルートなどなどです。

これらはディズニーシーにも踏襲されています。パークの入り口にはアーケードのようなトンネル状の空間があります。

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この薄暗いトンネル状空間の移動は日常世界から離脱する道程であり、その先にそびえるプロメテウス火山を目にした時、入園者は日常世界から脱出します。

そしてこのパークの中からは、センターオブジアースのアトラクションの途上のプロメテウス火山の脇の切れ目など、一部の例外を除けば、外の世界の景観はほとんど隠されています。

この外の景観を隠すことがどれだけ効果的なのかは、逆に外の景観が見えてしまったときによくわかります。今の時期だと、外部の新しいホテル(?)の建設現場が見えてしまいます。

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建設現場が見えると、どことなく現実に戻されてしまう感覚を持っちゃうのではないかと思います。

それは、ディズニーの世界を作るのがこの雰囲気だからであり、その雰囲気を壊してしまう景観は同時にこの世界観も壊してしまうからです。

では、その雰囲気はどうやって作られているのでしょう。

既に例を挙げたとおり、その要因は無数にあると思いますが、ここではまず植栽にフォーカスを当てたいと思います。なぜでしょう。

また結論を先どっていうと、ディズニーシーの世界は日本庭園の延長線上にあるからです。

言い換えると、この類のテーマパークは、庭園の一様式にすぎないのです。

そして、それを確認するには、さしあたり植栽から見ていくのがいいと思われます。

植栽がつくるディズニーの雰囲気

言うまでもないですが、ディズニーの世界における植栽は、その雰囲気を作る上で重要な役割が与えられています。

それは2つのパークで6000種類、64万本に及ぶといわれる植栽の数からいっても明らかですが、ディズニーリゾートの公式ブログを見てもわかります。

ブログには「【花と緑の散策】」というタイトルで、時おり植栽が紹介されています。今年の5月24日のブログにはこうある。

ニューギニア産の原種を用いて育成されたインパチェンスの園芸品種です。花色が豊かで径が大きく、葉に斑が入るものもあり、その名のとおり熱帯地域の多様性とパワーを感じさせる花です。(中略)
ニューギニアインパチェンスを見ると、はるか遠くの地ニューギニアを想像してしまいます。S.S.コロンビア号の出港を待つ乗客も異国のエキゾティックな花を見て、これからの旅に思いを馳せているのかもしれません。

実際のニューギニアインパチェンスがこれです。

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ここで紹介されている植栽には明らかに場所の雰囲気を演出するための意味が与えられていることがわかります。そうであれば、当然その他の植栽にも意味が込められているんだろうと思われます。

ではどのような意味が与えられているのでしょうか。メディテレーニアンハーバー、マーメイドラグーン、ロストリバーデルタの植栽についてみていきます。

メディテレーニアンハーバー

ディズニーシーの玄関口であるメディテレーニアンハーバーは、その名の通り地中海(英語表記でMediterranean Sea)と、その沿岸のイタリアの街並みによってエリアが作られています。

入口を抜けると両側にトピアリーのように成形されたプラタナスが並んでいます。

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トピアリーは西洋式の庭園に多く見られる作庭手法の一つですので、このあたりからすでに西洋の街路がイメージされてるようです。

また、プロメテウス火山を正面に見てに右側にはザンビーニブラザーズリストランテがあるのですが、その脇にはオリーブの木が植えられています。

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オリーブの原産国は、いうまでもなくイタリアです。

そのすぐ近くにはブドウ畑があります。

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これは明らかにワイン用のブドウだろうと思われますが、ここはザンビーニ兄弟が管理している(という設定の)畑なのだそうで、イタリアのリストランテの雰囲気が店の外にも演出されています。

また、街なかに目を向けてみると、植栽が違った使い方をされています。

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建築や街並みそのものが異国の雰囲気を感じさせるのはその通りですが、このような小さな植栽は街並みに彩りを与え、建築にはない生活感を与えてくれます。

中には造花もあるようで、建物の2階バルコニー部分にある植栽は造花のようにみえます。

こうしてみても、メディテレーニアンハーバーは、特定の場所の雰囲気をつくるために植栽が用いられているのは明らかと思われます。

ですが、もちろんディズニーシーの植栽がもつ役割はそれだけではありません。

マーメイドラグーン

先ほど挙げたディズニーブログのページにもアジサイが「サンゴのよう」と紹介されているのですが、マーメイドラグーンの植栽は原産の場所よりも形状が重視されていて、その形状によってこの場所性を表現しています。

サンゴを見立てているというアジサイ

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同じように、観葉植物もサンゴを見立てているようです。

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また、シダレヤナギは波を表現しています。

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これらの植栽はつまり海の表層部分を表現しているんだろうと思います。それを脇に配してそびえるキングトリトンキャッスルは、波の立っている海面から海底世界へとつながる入口になります。

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ここでは植栽は何かを見立てて配置されていて、その役割は原産国のイメージを導入するのではなく、その形状によってマーメイドラグーンの世界を色づけているところにあります。

ロストリバーデルタ

ロストリバーデルタは、いわずもがなディズニーシーの中で植物が最も多いエリアです。それはもちろんジャングルの雰囲気を演出するためでしょう。

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1930年代の中央アメリカの熱帯雨林をモチーフにしたこのエリアでは、初夏のころには南米原産のアメリカンデイゴが赤い花を咲かせます。

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また、他のエリアにも共通していますが、このエリアの縁に広く茂った樹林は、ほかのエリアとの境界としてエリアの雰囲気を区切る役割も担っているようです。

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こうしてみると、ディズニーシーの植栽は無数の効果を発揮して、その結果的に雰囲気を醸し出し、ディズニーの世界観を構成しているように思えます。

そして、これだけ数多くの植栽を用いて異世界を表現する(むろん、植栽だけではないですが)というところは、極めて庭園的です。

というのも、パークのエリアの多くは他の場所をモチーフにしているのですが、実はそうやって他の景勝地を見立てて場所を作るのは日本庭園における大名庭園の定番の作庭手法です。

ここまで植栽がディズニーシーの雰囲気を演出する仕方についてみてきましたが、最後にこの世界の作り方について、その庭園的な構造をみておきたいと思います。

ディズニーシーの構造

オリエンタルランドのホームページによれば、ディズニーシーの計画の検討は、実は1987年から始まっていたそうです。当初はハリウッドスタジオのテーマパークが検討されていました。

そのホームページには、第2のパークのコンセプトが海にきまった経緯として次のような説明があります。

東京ディズニーランドでは体験できないまったく別の感動を提供する市場性を持つこと」、「日本人に合う、何度でも来たくなるパーク」という計画要件に見合うプランを検討していた当社は、この“海”をテーマにしたディズニーテーマパークの実現に向け、大きく舵を切っていきました。

そうして作られていったディズニーシーは、なんといっても中心に海があるのが特徴です。

従来のパークでは、中心にあるのは広場で、その広場の奥にランドマークになるシンデレラ城とか、その他の城が配置されています。

こういった広場を中心におく都市の作られ方は、伝統的な欧米型の都市のそれに類似しています。

伝統的な欧米型の都市といえば、中心に広場が配置され、教会や市庁舎などの建物が広場に面しているのは現代でも西洋の無数の都市でみることができると思います。

対して、ディズニーシーの中心に広場はありません。その代わりに、ディズニーシーの中心にあるのは海です。そしてその奥にあるのがプロメテウス火山です。これは、中心に池を配してその奥に築山を置き、池の周囲を回遊させる池泉回遊式庭園そのものです。

また、すでに書いたとおり、その中心からつながる各エリアでは異なる場所を模した世界が作られているのですが、異なる土地の景勝を再現するというのも大名庭園に多く見られる手法です。

じつは、ディズニーシーの作られ方の多くは、日本庭園の作庭手法と一致しています

たとえば、東京都北区にある旧古河庭園には、植治とよばれた七代目小川治兵衛が作庭した日本庭園があります。その地図がこちらです*1

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地図をみてわかりますが、この日本庭園の中心には心字池という池があり、その南側に築山と呼ばれる見晴台があります。

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分かりにくいですが、写真右側中央に築山があります。

メディテレーニアンハーバーの海とプロメテウス火山の配置は、この庭園様式にぴったりとあてはまります。

また、日本庭園において池は海を表現しているのですが、この心字池はその字の通り「心」という漢字をかたどっていて、どの場所からも池のすべての縁が見渡せないように、つまりその広さを表現するように作られているのです。

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中心に「海」をモチーフにした池を配するところも、日本庭園様式の手法のひとつです。しかし、まだまだそれだけではありません。

心字池の東側には茶室がありますが、ここは池から離れた別のエリアとして、その回遊の動線を作るコンテンツの一つです。

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茶室の他にも、庭園の見どころはいくつもあります。規模はもちろん異なりますが、ディズニーシーがメディテレーニアンハーバーを中心として複数のエリアに分かれて動線が作られているのもまた、その様式の内にあります。

また、同じく文京区にある小石川後楽園には、他の場所を見立てた景色が数多く取り入れられています。そのうちの一つが「西湖の堤」です。

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日本最古の造園書『作庭記』にも優れた景勝地を取り入れることがその技法として記述されていることもまた、ディズニーシーが日本庭園の様式に当てはまっていることを示しています。

その他にも、アメリカンウォーターフロントのS.S.コロンビア号が太平洋を背景として取り込んでいるのも知られていることです。

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これは借景といって、日本庭園や英国式庭園にもおなじみの作庭手法のひとつです。

香川県高松市の栗林公園は背景の山を見事に借景として取り込んでいます。

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ここまでの構造的な一致があれば明らかに、ディズニーシーの世界は日本庭園の延長にあるといっていいのではないでしょうか。

結論

さて、改めて結論は2つあります。

つまり、ディズニーシーは雰囲気によって作られているということ。

また、それは日本庭園の延長線上にあるということです。

そして最後に付け加えるとすれば、この結論は単純に「ディズニーシーは日本庭園だ」ということではありません。

いうまでもありませんが、ディズニーシーはメディアを駆使して従来の日本庭園よりもはるかに高度な虚構の世界性を作り上げ、入園者にその擬似的な経験を与えてくれます。

その延長線上にあるということは、ディズニーシーはその様式をアップデートもしているということです。ですが、このパークが「日本人に合う、何度でも来たくなるパーク」として構想されたように、そのルーツにはやはり日本庭園があるのだと思われます。

*1:東京都公園協会のパンフレット掲載