本の庭

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旧古河庭園

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庭園には外部世界から分けられた独特の世界観が作られます。

 

外延部に常緑樹が植えられることで外景を隠すスカイラインが引かれ、中央にある池の周囲には落葉樹が植えられることで季節感を持った風景が作られます。

 

そうして庭園には外部世界とは一線を画した独自のユートピアが形成されます。

 

このような作庭手法は江戸期の大名庭園まで広くみられる日本庭園の特徴でもあったと思うのですが、近代以降の庭園にはそれだけではない面白さがあります。

 

5月の夏の様に暑い週末に、駒込を歩きました。

 

駒込駅周辺には六義園旧古河庭園という有名な庭園があり、季節によってそれぞれ楽しむことができます。

 

5月といえばバラの花が咲く季節なので、旧古河庭園のバラを見に行きました。

 

ところで、六義園は江戸時代に作庭された大名庭園で、池を中心に周辺の歩道を歩いてめぐる池泉回遊式庭園です。

 

大名庭園といえば、各地の景勝を模倣した作庭の方法がとられているほか、入り口から正面に拡がる池とランドマークとしての築山がその奥におかれる特徴があります。

 

一方の旧古河庭園は、明治から大正にかけて近代日本庭園の先駆者とされる七代目小川治兵衛(通称、植治)によって作庭された日本庭園と、近代日本建築の父として名高いジョサイア・コンドルが設計した洋館とバラ園が知られており、進士五十八はこの二つの様式を採用した旧古河庭園を和洋折衷ではなくて和洋共存と評しています*1

ジョサイア・コンドルの洋館

この旧古河庭園、入口を抜けるとまず洋館と隣接する芝生の広場が見えてきます。

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西洋式建築と芝生の醸し出す雰囲気が印象的に映ります。

 

この庭園は本郷大地の丘の上からその中腹、低地に至って広がっていて、丘の上に位置する洋館の1階テラスからはその中腹にあるバラ園が見下ろせます。

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このバラ園、洋館から下りてさらにバラ園の奥に下りていく階段を含めた歩行路を軸線(ヴィスタ)として、対称性をもって広がっています。

 

まさに西洋式庭園の典型といえます。

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各地で30℃まで気温が上がり、北海道では39℃の猛暑日を記録した週末だったのですが、来客は多く、中にはSNSに載せる写真を撮りに来たらしきカップルもいました。

 

優雅に咲き誇るバラは確かにSNSで映えるのだろうとけど、それ以上に何かを読ませる様な余白を感じるところが庭園の面白さの様にも思われます。

植治の庭

バラ園から更に階段を降りると、樹幹に覆われた小道の奥に日本庭園の池が見えてきます。

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ところで、日本庭園の中心には大抵は池が配置されます。

 

中心にはアクセスがしずらいというのは、東京における皇居の様にいたる場所にしばしばみられるのですが、ここも例外ではなく中心が空虚な庭といえます。

 

この池は心字池(しんじいけ)と呼ばれ、心という漢字の形をしているのだそうです。

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この心字池の手前には舟着石があり、ここから池が一望できます。

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外延にある樹木より高いマンションは自ずと庭園に姿を現し、その境界を侵すことで庭園の異世界性を破壊してしまいます。

 

その一方で、池に移り込む庭園風景はこの庭園に更なる深みを与えているといえます。

 

写真右側の雪見灯籠は仏教伝来の高さのある灯篭で、池のほとりに置かれることが多く、夕暮になると灯篭の明かりが池に映り込んで更に味を出すのです。

 

この雪見灯篭の「雪見」は「浮見」がなまったもので、灯篭の明かりが水面に浮いて見える「浮見」からきているそうです*3

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江戸期の大名庭園は各地景勝地を見立てて作庭していたのですが、この小川治兵衛の庭園もその方法を一部には採用している様でもあります。

 

というか、日本庭園とはそういうものなのかもしれません。

枯滝と大滝

池の一方の縁には、丸石が敷き詰められ、奥には縦長の岩が置かれた空間があります。

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これはいわゆる枯滝と呼ばれる滝で、枯山水の技法が用いられています。

 

奥に置かれる縦長の岩が流れ落ちる水を表現しており、そこから丸石が水の流れの様に敷かれているのです。

 

水を排して水を描くという枯山水は、「無」によって「有」を際立たせる在り方を表現しています。

 

一方その対岸の縁には大滝と呼ばれる滝があります。

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台地から低地に至る地形を利用した落差は8メートルに及びます。

 

これは植治が最も力を入れた場所の一つなのだそうです。

 

心字池の両角に配置された、枯滝と大滝の相対する表現はその心の二面性を表わしているようです。

階層的庭世界

庭園の中心に配置された池に注ぎ込まれる水の表象は、私たちの視線をその空虚な世界の更なる深みへと引き入れていきます。

 

進士は眺望の取りずらい地形において200種を超える植栽を駆使して成されたこの庭園を、外部から切断された「小宇宙」と表現しています。

 

ですが、この地形はむしろもっと肯定的に庭園表現に活用されていることは明らかです。

 

そうなると、植治が描いたのは独立した世界としての小宇宙というよりもむしろ、洋館から洋式庭園を経て植治の日本庭園へと断続的に移り変わる階層世界ではなかったのかと思われます。

 

その庭園の階層性は、江戸期の大名庭園から一線を画す植治の近代庭園としての旧古河庭園の魅力でもあります。

*1:進士五十八『日本の庭園 造景の技とこころ』(中央公論新社、2005年)を参照。

*2:出典は東京都公園協会パンフレットより

*3:諸説あります。